フエの歴史建築物を見よう

古の都市フエ。歴代阮(グエン)王朝の歴史を辿ろう


こんにちは、ベトナムナビです。ベトナム中部ダナンから北上すること約3時間。古都フエは年々観光客が増えている人気の観光スポットです。旧市街地の真ん中に位置する阮朝王宮は世界遺産にも指定されている貴重な建築物。それ以外にもたくさんの建築物がフエの新旧市街地に点在しています。今回はそんなフエの建築物を周り、フエの歴史を辿ってみましょう!

阮朝の歴史


19世紀初頭に政権を樹立した阮(グエン)王朝。ベトナム最後の王朝として、1802年から1945年まで続きました。歴代皇帝は中国(当時:清国)、もしくはフランスを宗主国として、その文化は建築様式にも色濃く表れています。もともとこの地はチャンパ王国が支配していました、チャンパ王国は徐々に中南部に勢力を移動させたことを皮きりに阮朝がこの土地に勢力を築きあげることができました。

建築物巡りはツアーで行こう


フエの建築物は新旧市街地に点在していますが、いずれも郊外なので、徒歩で行くことはできません。バイクもしくは自転車をレンタルするのも手ですが、迷いやすい道筋なので、ツアーに参加するようにしましょう。ツアーでは一般的に半日で周るコースと1日コースがあります。半日は主に旧市街地郊外を周ります。1日コースは旧市街地を周った後、昼食後に阮朝王宮とティエンムー寺に行きます。ただし、阮朝王宮はおそらく滞在ホテルから歩いて行ける範囲なので、半日コースでも構いません。ツアーの申し込みは旧市街地のファングーラオ通りにいくつか旅行会社がございますので、そちらで申し込みましょう。

巡る建築物の場所を確認


①阮朝王宮


1803年に建築された阮朝王宮は13代に渡って続く阮王朝のおひざもとです。広大な敷地面積を誇る王宮内部は残念なことに現存する建築物はごく僅か。ベトナム戦争においてフエは激戦区となり、そのほとんどは爆撃により破壊されてしまいました。しかし、現在見学できる建築様式を見ても、中国の儒教や思想が色濃く反映されているのが分かります。当時は中華秩序のものに、阮王朝が反映を築いたのが見ても分かるでしょう。ちなみに、現在も復旧作業が続いており、いつの日か当時の王宮の姿を取り戻せる日が来るかもしれませんね。

外周

王宮の外回りは幅広い道路となっていて、綺麗に舗装されています。芝生が広がり、屋台も数多くでています。世界遺産とのことだけあって、テレビ局の取材班や番組の撮影といった光景もみることができます。王宮の外周に位置するフラッグタワーは阮王朝のシンボル的存在で現在も旅行客の撮影スポットになっています。さらに進んでいくと、当時使われていた大砲も設置されています。てっきり欧米人観光客ばかりかと思っていましたが、ベトナム人も多くいました。きっと全国から来ているのでしょう。
噂のフラッグタワー。遠くからも見ることができます

噂のフラッグタワー。遠くからも見ることができます

王宮外周の掘には水が溜められている

王宮外周の掘には水が溜められている

王宮を守っていた大砲

王宮を守っていた大砲


午門

王宮入口の門は三つあり、王宮門として皇帝の外出時にのみ開かれたとされています。この午門は中国の紫禁城を模倣したものと言われています。当時、この午門を作るために北京へ技術師を派遣させ、建築方法を学ばせとも言われおりますが、実際作られた午門は紫禁城のそれよりも華やかな作りとなっています。
午門を通り抜けたら王宮が広がる

午門を通り抜けたら王宮が広がる

両脇は池になっていて、鯉に餌をやることができます。なおこの先は大和殿に続いています

両脇は池になっていて、鯉に餌をやることができます。なおこの先は大和殿に続いています

中国風ですね

中国風ですね

広々とした景色。当時はどんな建て物があったのでしょうか

広々とした景色。当時はどんな建て物があったのでしょうか

大和殿は撮影禁止エリアですので、カメラ撮影の一切ができません。ご注意ください。


鼎(かなえ)

鼎は作られた当時は料理に使われていたようですが、すぐにその仕様が変わり、皇帝の不動の権力の象徴として据え置かれました。身の丈ほどの鼎は全部で9つあり、それぞれの歴代皇帝の名が刻まれるとともに、各皇帝のイメージが表されています。中央に位置するザーロン帝の鼎は「偉大」を示しているとされています。
また入口周辺にはお土産屋や休憩できるベンチがあり、左右は回廊がその先の中央まで続いています。
ベンチで一休み

ベンチで一休み

この手のお土産はベトナムは実に豊富ですね

この手のお土産はベトナムは実に豊富ですね


回廊

左右の舎には長く続く回廊があります。天井、壁、地面は綺麗に作られていて、壁の装飾や色合いは中国そのものと言った感じがします。この付近にはいくつかの堂があったのですが、ベトナム戦争によって現在は更地となってしまっています。またお土産ショップになっているスポットもあるので、そちらも是非訪れてください。
回廊への入り口

回廊への入り口

見た目が美観です

見た目が美観です

日本にも似たような神社がありますね

日本にも似たような神社がありますね

中国風の装飾があしらわれています

中国風の装飾があしらわれています


中央

中央は本堂部分かと思われますが、現在は跡地となってその面影はありません。芝生に覆われた敷地内には観光客が行き交っています。ここから王宮全体を見渡す景色も非常に美観なので、是非時間をかけてゆっくりしていってください。
ここで皇族が政治を握っていたと思うと……

ここで皇族が政治を握っていたと思うと……

皆さんゆっくりとのどかな雰囲気を満喫している様子です

皆さんゆっくりとのどかな雰囲気を満喫している様子です


閲是堂

当時、皇族はここでフエの宮廷舞踊を鑑賞していたと言われています。皇族のみが鑑賞をすることができる宮廷舞踊は当時の庶民の民間舞踊ではなかったとされています。また、この宮廷舞踊はユネスコの世界無形遺産にも登録されています。
この壇上で舞子が宮廷舞踊を披露していました

この壇上で舞子が宮廷舞踊を披露していました

1日4回開催されます

1日4回開催されます

ミンマン帝


ミンマン帝は阮朝2代目の皇帝です。1820年から1841年までの在位期間で、この間は中国の当時清国と強い繋がりを持っていたことで知られています。清国を宗主国として、過度な中華秩序をしたことでも有名で、ヨーロッパから来る欧米人を拒絶、及び弾圧したことで、後のフランス植民地の原因を作った人物でもあります。ちなみに、このミンマン帝の父親は初代皇帝です。

ここの最奥部にはミンマン帝の墓所があります。そこまでを徒歩で行くこととなるのですが、阮朝王宮ほどにはないしろ、敷地面積はかなりの広さです。ガイド付のツアーで行けば英語で各所の説明をしてくれるので、ヒアリングできる方は聞きながら進みましょう。うっそうとした林に囲まれたミンマン帝周辺には民家があり、フエの人々の庶民的な生活風景を見ることもできます。森林浴気分で歩いてマイナスイオンをしっかりと吸収しましょう(^^)
バナナなどの簡易的なものも売っています

バナナなどの簡易的なものも売っています

左の壁を越えればミンマン帝。右側は民家が続いています

左の壁を越えればミンマン帝。右側は民家が続いています


兵馬俑のような像が見られるのもフエ建築の特徴です。ここには兵士、馬、象などが一列に並んでいます。当時は馬や象が戦に駆り出されていたのでしょうか。また馬や象の像は霊から身を守る役割も担っていたと言われています。
中国風ですね

中国風ですね

騎馬隊も当時はいたのでしょうか…

騎馬隊も当時はいたのでしょうか…

自然に覆われています

自然に覆われています


林の中を進むとミンマン帝が見えてきます。広い敷地を誇り、大きな堂がいくつかあります。
中には写真のような石碑が建てられていて、ミンマン帝の功績が漢文で讃えられています。
こちらも中国風の堂

こちらも中国風の堂

石碑

石碑


こちらの門には入口が3つ。阮朝王宮でも同じ建築方法が見られました。真ん中の門はおそらく皇帝専用だったのでしょう。中国の紫禁城にも倣った作りが特徴で、中国建築様式が随所に見られるのが当時の時代背景を物語っています。当時は中部にもキリスト教は少数ですがいました。しかし、ミンマン帝が行った政策は日本で言えば家康の鎖国。つまり欧米諸国の文化流入を防ぎ、キリスト教を弾圧したのです。
広い敷地ですね

広い敷地ですね

この先の門をくぐると…

この先の門をくぐると…

この奥にミンマン帝の墓が

この奥にミンマン帝の墓が


この最奥部にミンマン帝の墓所があります。墓所は古墳のような形状をしているため、通常は門に閉ざされ一般公開はされていません。一般の方は門まで行くことができます。この先に2代目皇帝の墓所があると思うと、何故か形容しがたい想いがこみ上げてくるナビです(笑)ここは墓所。皇帝の墓のために何年も時間と費用を費やし、これだけの大きな建造物を建てたというのは当時フエ王朝が全盛期を迎えていた証拠です。
石段までは上がって問題ありません

石段までは上がって問題ありません

この先にミンマン帝が眠っています

この先にミンマン帝が眠っています

ベトナム人は普通に石段を上がっていますが、外国人観光客は皆さん写真を撮りたいので、邪魔しないよう石段は上がらないことをおすすめします

トゥドゥック帝廟


お次はこちら、トゥドゥック帝廟。トゥドゥック帝は阮朝4代皇帝で、13代皇帝の中で最も在位期間が長かった皇帝です。1847年から1883年まで続いたトゥドゥック政権ですが、平和が続いたのは58年までで、それ以降はフランスとの抗争によってトゥドゥック帝崩壊の序曲がはじまりました。
門をくぐると帝廟へと続く綺麗な道が見えてきます

門をくぐると帝廟へと続く綺麗な道が見えてきます

帝廟内にはお土産屋があります

帝廟内にはお土産屋があります

帝廟外周にもお店があります

帝廟外周にもお店があります


見所は敷地内にある大きな池。ここはトゥドゥック帝が長期間滞在するために建てられた王宮と言われており、当時トゥドゥック帝はここで小舟に乗って釣りを興じていたのかもしれません。池には蓮が浮かび、小舟の乗りつけ場もあります。別荘のようなほのぼのとした雰囲気が特徴です。
池に沿って進みます

池に沿って進みます

皇帝の別荘という雰囲気が伝わってきます

皇帝の別荘という雰囲気が伝わってきます

あそこにあるのは…

あそこにあるのは…

池に続く石段です。ここからボートに乗りつけることができます

池に続く石段です。ここからボートに乗りつけることができます


門をくぐると本堂が見えてきます。もはやお馴染みの三つの門ですね。中央扉は案の定閉ざされています(^^)
先に紹介したミンマン帝は西洋人とキリスト教の排除に努めました。4代トゥドゥック帝もまたその思想を引き継いでいましたが、そこでフランスの逆鱗に触れたトゥドゥック帝は一気に中部ダナンまで攻め込まれ、崩壊の一途を辿りました。

トゥドゥック帝の政権が崩壊した後、皇帝は非常に短いスパン(2日から半年間)で次々と変わっていきます。不安定な王朝でしたが、清仏戦争でフランスが勝利を収めたのち、阮朝はフランスの保護下となり、キリスト教の普及もまた認めざるを得なくなりました。
堂内では皇帝の服を着て王座に座ることができます。今回は欧米人観光客がどっかりと腰を下ろして写真撮影の的となっていました(笑)
トゥドゥック帝の功績を讃えた石碑もあります

トゥドゥック帝の功績を讃えた石碑もあります

ここは中に入ることができます

ここは中に入ることができます

前方に見えるのは皇帝…?

前方に見えるのは皇帝…?

カイディン帝廟


最後にご紹介するのはカイディン帝廟です。阮朝12代皇帝で、フランス植民地の時代です。いままでは中国思想が根強く、建築物も中国風でしたが、カイディン帝の時代は中国建築を残しつつ、中枢を担っているのはフランス建築でした。このカイディン帝廟も華やかな造りとなっていて、西洋の雰囲気も漂っているのが特徴です。

兵馬俑のごとき像が列を成して並んでいます。顔形が同じものは一体としてなく、こちらを見る限りは中国風に乗っ取っていますね。
石段を上がったところから望む景色は美観で、雄大な自然の山々を見ることができます。
中国らしさがここにも滲み出ています

中国らしさがここにも滲み出ています

さながら兵馬俑

さながら兵馬俑

景色も絶景です

景色も絶景です


廟の両脇に建つ日本の石柱はまさに西洋風。
また、廟自体も華やかでフランスの影響を受けていることが分かります。カイディン帝は当初はフランスを嫌っていましたが、マルセイユに趣き、その美しい建築物に見惚れたのちはフランスの文化をさらに受け入れました。そのせいでフエに住む民はカイディン帝を嫌っていた様子です。
石柱に注目

石柱に注目

西洋と中国が混在した建物

西洋と中国が混在した建物


廟内は華やかで思わず息を呑む光景。壁、柱、天井にいたるまで緻密なレリーフや紋様が施され、中国らしさは感じません。まるで西洋の教会や大聖堂を思わせる作りとなっていて、当時のフランス文化、及びキリスト教の信仰が強まっていたのが分かります。
天井にも優美な絵画が

天井にも優美な絵画が

壁には宝石が埋め込まれています

壁には宝石が埋め込まれています

ところどころに中国様式が残っていますが、それもごく僅か

ところどころに中国様式が残っていますが、それもごく僅か


この像はカイディン帝です。青銅に金箔が貼り付けられています。カイディン帝はフランス人識者なども大量に呼び、表記をいままでの漢文からクォック・グーに改めたことでも知られています。クォック・グーとは現在のベトナム語です。表記はアルファベッドでそこにベトナム独自の声調が6つ付属されます。日本人にはあまり馴染みがないのでピンと来ないのですが、「は」と「し」を繋げれば「橋」、「箸」、「端」など同音異語が日本語でもありますね。これが6つあると思ってください。しかも、スペル読みでは意味がなくなりますので、声調を間違えると言葉の意が理解できないのが特徴です。日本人には非常に難解な言葉と言えるでしょう。
棺桶の上にカイディン帝が仰々しく座っています

棺桶の上にカイディン帝が仰々しく座っています

皇帝が座っていた椅子とのこと

皇帝が座っていた椅子とのこと



いかがでしたか。歴代阮朝の王宮や廟を周ってみましたが、時代によって建築様式が変化していくのは興味深いところです。フエ観光のメインどこにもなりますので、事前にある程度の歴史背景は知っておいた方が、より有意義な歴史巡りをすることができるかと思います。
以上、ベトナムナビがお届けしました!


関連タグ:フエ世界遺産建築

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2013-07-03

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